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【震災】

2011、3、

 東北地方に大地震がおきてから、宮城の津波、福島の原発とその影響は甚大なものだった。テレビの映像からは変わり果てた町並みが写し出され、津波によってひとつの町が飲み込まれるという信じがたい姿となって失った。

地震発生時、日中だったことから、家族はバラバラに被災し、親を失った震災孤児たちは100人を越えた。

日がたつにつれわかってくる事実。テレビを見るたびに涙がとまらなかった。 
何ヵ月か過ぎたいまも、逃れ切れない現実と向き合っている人々がいることを、忘れてはいけないと思った。

 私のところに、月に1~2回ぐらいの割合で、マッサージをして下さる整体師の方がいる。その人から、松島の被災所に行くので、もし救援物資を集められたら『一緒に持っていくので』と声をかけられた。 
私も何かしたいという思いはあっても行動にうつせないでいた。

 でも彼の呼び掛けに私にもできることを見つけられ、婦長さんに段ボールの置き場の許可をもらい、品物も何人かの職員の協力によって箱いっぱいになった。
高橋さんは仲間と被災した地を回ってマッサージをして行ってきたそうです。

 彼の行動がなかったら私は心の中で悶々としていたに違いないと思った。

2011.6.24

【本田さんからの手紙】

 先日東北震災ボランティアとして、一日でしたが石巻へ行ってきました。
海から数キロ離れた所でも腰まで水が来て、道路2つ海側は家の1Fがメチャクチャになったりとで、場所により大きく被害が違うのを目の当たりにしてきました。

 今回のボランティアについては、石巻のボランティアセンターが窓口になり、住民からの要望に対して振り分けをしていました。

 私共は町会内のU字溝の蓋を取り、中にたまったヘドロを掘り出し土のう袋につめる作業でした。へドロの臭いは油の様なコールタールの様な臭いで、行きに夜中東北自動車道国見サービスエリアからでもわかるくらいでした。海から20kmくらい離れていると思うのですが、中々です。

 津波はあのテレビで見えた黒い水であり、油っぽい強い臭いでもあったんです。波の力で押しつぶされた家、車、コンテナ、全てがまるでゴミ箱に捨てた紙くずの様な形になっているのには言葉もありません。(海のすぐ近くは)当然人も押しつぶされていると思います。

 そんな苦しい思いを感じつつボランティア活動してきました。石巻から出発する時、車の周りの家の人が皆道路に出て頭を下げてくださる姿には涙が出ました。

 さあ良い仕事しなくてはネ
私は今日は利用者の宿泊で鬼怒川温泉に来ていますのでちょっとお手紙

むりすんなヨ

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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

misako.k

Author:misako.k
進行性筋ジストロフィーのため、入院生活を続けながら、約20年、絵に取り組み、定期的に個展も開催。手を上げるのも不自由、絵筆を持つのも体力がいるが、ボランティアに助けられ、1メートル以上の長い棒の先に筆をとりつけ150号以上の大作も仕上げてきた。現在は呼吸や弱視も弱いため中作品以下が多いが、ブログやホームページを通して交流を広げたいと意欲を燃やしている。妹(越川清美)はCG作品や手芸が得意。筋ジストロフィーで一緒に病院で暮らし、毎年障害者絵画展に出品している。

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