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【アメリカに】

1989年
【アメリカに】

 いまだから話せますが私は、大の飛行機嫌いだったのです。怖がりというか。マイナスなイメージが強く9月24日旅立つ前に、全てをやりきってから行こうと考えていました。。23日の前日に計画されていた、『県立四街道高校での文化祭』に、私の作品25点を出品して行きました。
 大袈裟だと笑われるでしょうが、自分の中で覚悟を決め研修に望みました。参加する以前の問題も多く、お金のこと、飛行機に搭乗すること等々。母や妹にも心配をかけそれは心情的に複雑なものでした。
 生まれてからこの方、国内線にも乗ったことがなく、まさか日付変更線を越え、米国へ行こう等と、夢にも思いませんでしたが。この飛行機に搭乗する問題をぬきにして、いつか一度でもいいから『日本の外から日本をみてみたい』と思っていたことは事実でした。

 皆なの見送りを受け機内に入ったときから、大丈夫かなと不安はあったものの信頼のある方に付き添って頂けたので、それだけで心強く思っておりました。
 初めての渡米は長時間で何もすることがなく、研修とは別に絵を描く者のくせというか、モデルになる女性はいないかとスチュワーデスさんや、乗客へと目を向けていました。そんな事をしていたらすっかりリラックスし、美しいスチュワーデスさんにもお声をかけ、機内で一晩過ごすとき、いろいろとご親切にして頂きました。飛行機があと、1~2時間で着こうとしたとき、このままお別れするには名残惜しく、友だちになってもらえたらと個展の話をしました。そうしたら快く連絡先を教えて下さり、その後も手紙のやり取りをするまでになりました。
 

 飛行機に乗って9時~10時間が過ぎた頃、夜と朝の機内食を食べ終え、いよいよアメリカ領土に着こうとしたその時『ロサンゼルス空港が閉鎖になっている』というアナウンスが流れました。さっきから、同じところを10分も20分もぐるぐると回ってると思っていたら、『このまま上陸できないとは?』。

 『濃いきりのため、もうしばらくご迷惑をおかけします』と。最初のパニックはこれから始まりました。私の不安をよそに、そうこうしている内に飛行機は急降下しました。『シートベルトをして下さい。』と言った数分後、着陸する際、飛行機の後部がつくのではと一瞬思いましたが、パイロットの腕の良さでしょうか。すんなり着陸したので、もうそれだけで感動的でした。静まりかえっていた機内は、客席からパイロットに鳴りやまない拍手が送らていました。私ばかりでなく、皆さんもドキドキしていたと思います。
 素晴らしい!!すごいの連発。パイロットが笑顔で降りてくると、スタッフからも拍手をうけ、さすがと肩を叩かれていました。この時まさにプロの意識を感じました。あとから聞いたところ、『今までにないくらいの濃い霧だったようです。』とスチュワーデスさんが言っていました。


 入国手続きを済ませ、ロスからすぐにラスベガスへと向かい、セスナ機に乗ってグランドキャ二オンへといきました。15人乗りのセスナに、2人のパイロット。映画にでも登場してきそうなスタイルと顔のよさ、ますます気分をよわせている。

 10分ぐらいのフライトをすると、上や下にとグランドキャニオンの上空を飛びました。まさに全景の素晴らしさをみせつけてくれましたが、その飛行中に酔う者も何人か出て一番辛そうにしていたのは、一緒についていってくれたOさんでした。旅行中明るく振る舞ってくれる人だっただけに、体調が悪くなるとまたスゴイ。

 サンセットにも見に連れていって頂けました。まるで映画やTVでもみるような、太陽の陽が赤々と頬を染め、どこまでも続く岸壁をいつまでも見ていました。とうとうここまで来てしまったのかと日本にいる友達の顔が浮かびました。アメリカの雄大さに触れることが出来これだけでもう充分だと思いました。


 でもそんな思いを吹っ飛ぶ出来事がありました。私たちが乗ったセスナ機が数日後、10人の乗客を乗せ、墜落したとのニュースをホテルで聞きました。とうとう私が想像していた飛行機事故が起こってしました。びっくりするやら寒気を感じ、もしこの事が先にあったら、絶対に乗らなかったと思います。とにかく無事であったことを心より感謝し何よりも一番の収穫に思えました。

 一緒に参加したみんなは、ここまで来たのだからと、朝のサンライズを見ないで帰るなんてと、またみんなに連れられて眠い眼をこすりながら、バスに乗り込みました。富士のご来光もみたことがない私がここで日の出をみるとは!!これを一目見ようと集まった観光客の人たちは、思い思いに感動していました。私は無事に帰れることだけを祈っていました。

 この後、研修は次々計画された場所を見学し、観光も交え無事に終えることが出来ました。研修の際に通っていたベイブリッチやゴールデンゲートブリッチなども何度も通っておりましたが。

 私達が日本に帰国し一週間が過ぎたころ、サンフランシスコ大地震が西海岸を揺らしました。その地震によってベイブリッチは間二つに崩壊し見るも無惨な・映像が写し出されていました。こんな事があるんだと悪運に強い?というか、私達は本当に守られたんだと、ただひたすら感謝しました。(^o^)v


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Secre

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お久しぶりです
アメリカの旅には こんな裏話があったんですね
そして 美佐子さんは強運の持ち主間違い無しですね♪
プロフィール

misako.k

Author:misako.k
進行性筋ジストロフィーのため、入院生活を続けながら、約20年、絵に取り組み、定期的に個展も開催。手を上げるのも不自由、絵筆を持つのも体力がいるが、ボランティアに助けられ、1メートル以上の長い棒の先に筆をとりつけ150号以上の大作も仕上げてきた。現在は呼吸や弱視も弱いため中作品以下が多いが、ブログやホームページを通して交流を広げたいと意欲を燃やしている。妹(越川清美)はCG作品や手芸が得意。筋ジストロフィーで一緒に病院で暮らし、毎年障害者絵画展に出品している。

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